ブログを書く意味を考える

ブログをただ単に書いても仕方ないとは分かっている。最近はお金の為に書くのが主流なようだが、どうにも自分の文章のみでお金を稼げるとは思えない。

そうなると、ブログを書くという事は、意味のない事のように思える。実際、自分一人でノートやスマホのメモ帳に書けば良い様な事を、Web上で公開したところで意味はないと思う。

しかし、自分が生きていたという証をどこかに残して置きたいと思ってしまった。それは学校で勉強していた時に思った事だ。これだけ昔の人の名前や、した事を今になっても覚えさせられている自分の名前は数千年後の人に伝わっているのか、と。もちろん、名前を伝えるという事にも意味は無い様に思える。しかし、どうせ生きたなら知ってほしいと思った。知られていないながらも、沢山の人が生きて死んでいっている。その中で生きる意味は無いに等しい。

そんな生きる意味の見出せない中で、自分は何か突出した者に会いたい。そういう思いが出てきたのだ。数千年後にも名前が残るような突出した存在に会いたいのだ。そのような突出した人と会う為には、自分が突出する必要があると感じた。その為に現在はブログを書いているという訳だ。

類は友を呼ぶ。私が突出するのが一番の近道になると信じている。

 

では、なぜ自分が突出する事にブログが役立つのか。突出した者になる為には、現在までに先人が積み上げてきた知識などを出きるだけ多く吸収する必要があると思っている。つまり、先人の積み上げた知識も分からずに、新しいモノやコトなどを生みだせる筈がないのだ。しかし、人間はすぐに忘れていく。だから記録する必要があるのだ。

 

私がスマホに出会う前のこと。確か小学生3年生の頃までであろうか。あの頃はよく寝る前に1日何があったかを全て思い出していた。正確に全てだ。何時に起きて、どのように学校へ行ったのか。行く過程で誰に会い、どのような会話をしたか。

思い出す作業というのは、知識をより長く留めさせる為に重要だ。出きるだけ多くのことを思い出すトレーニングをすること。それは、必要な時に必要な記憶を取り出す為の訓練になるであろう。そして、思い出しても忘れてしまう事もある。それらを思い出す為のツールとしてこのブログを使っていきたい。

 

パソコンやスマホを得た事によって、そして歳を重ねた事によって、思い出す事は日に日に増え続けていると感じる。

少しでも多く記憶に残していこう。

 

少しでも記憶に留めとおくこと。その為に、思い出すこと。それを大切にする。その為のツールとしてブログを使うこと。それが僕がブログを書く目的だ。

 

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